株式会社メドレー

オープンな医療の実現を目指す、患者とつながる医療のプラットフォーム

従来、電子カルテをはじめとする医療システムは、医療機関内のクローズドな環境に構築して使うものだった。患者のプライバシーに関わる情報を扱うことから、規制の遵守やセキュリティ対策が必要だからだ。ところが近年、国がガイドラインを整備するなどの変化もあり、少しずつだがクラウド型への移行が始まっているという。

東京都港区にある株式会社メドレー(以下メドレー)は、クラウド型電子カルテ「CLINICSカルテ」を提供している。
同社は、CLINICSカルテを通して医療機関・医師・患者がつながり、円滑にコミュニケーションができるプラットフォームとなることでオープンな医療の実現を目指す。

メドレーは医療介護分野に複数のサービスを提供しており、その全てでRubyを採用している。
今回、医療ITを取り巻く環境が変化する中、Rubyを採用して医療システムを開発するということについて、CLINICSカルテの開発を牽引する田中氏にお話を伺った。

(株式会社メドレーでCLINICSカルテの開発を牽引した田中氏)

個別最適化されていた医療システム

今の医療システムについて話をする前に、これまでの医療システムを振り返ってみよう。

医療システムは1つの大きなサービスで捉えられがちだが、実際は複数のシステムが独立して診療を支えている。診療の予約、診察の内容を記録する電子カルテ、検査結果などの取り込み、レントゲン写真などの画像管理、診療報酬を計算するレセプト・・・病院の複雑な業務単位に専用のシステムが存在し、それらを併用しているのが一般的だ。そしてこれらのシステムは医療機関ごとに独立して構築されている。

これにはセキュリティ上の理由の他に、病院ごとに異なる設備や運用があることから、システムを病院ごとにカスタマイズし個別最適化しているという事情がある。しかしこういった状況は、医療機関内にシステムに詳しい要員を確保しなければならないという病院側の負担のほか、患者のかかりつけ病院と総合病院とのデータ連携が難しいという問題、災害医療現場での運用の問題、など複数の課題を抱えている。

変わりはじめる医療IT

平成22年2月に厚生労働省より「『診療録等の保存を行う場所について』の一部改正について」が示され、診療録等の医療情報を民間事業者が運用するサービスを利用して外部保存することが可能となった。クラウド上での医療データの管理保存の解禁だ。改正された当初はクラウドの安全性の担保についての不安や、個別最適化された医療システムが主流という中で関心が低かった。

だがここ数年で医療業界のITが少しずつ変わり始めている。

平成23年3月11日に発生した東日本大震災。
被災地の多くで病院の倒壊や津波により紙カルテが喪失した。電子カルテを導入していた病院も、沿岸部の医療機関では津波と共に機能を失い、内陸部であっても非常電源装置やネットワーク設備の障害などによりシステムの使用が困難な状況になった。どんな状況になっても絶対に失ってはならない情報として、医療情報を電子化し安全なクラウド環境に保管するという気運が高まっている。

タブレット端末の普及も、クラウドへの移行の追い風になっている。

在宅医療では往診した先のお宅などで、ノートPCに搭載された電子カルテを使用するケースが一般的だった。これをタブレット端末に置き換えてクラウド上のデータと連携させれば、医療業務の機動性を向上させることができ、災害医療などへの活用も期待できる。また、離島や僻地など通院が困難な場所にいる患者の元に看護師がタブレットを持って訪問し、医師がテレビ電話の機能を利用して診療を行う遠隔診療でも普及が進めば、地方が抱えている医師不足という深刻な悩みの解決策の1つとなりうる。

複雑な医療業務をRubyで開発

こうした流れの中でメドレーはクラウド型電子カルテ「CLINICSカルテ」をリリースした。電子カルテのメイン機能となる診療記録だけはなく、予約管理やオンライン診療(患者がスマートフォンから、ビデオチャットで診察を受けられる仕組み)、会計など、これまで院内で分散していたシステムを全て内包するものだ。将来的には、外部サービスとも連携し、検査データなども取り込み一括管理できるプラットフォームとなることを目指している。

クラウドで提供される医療システムには、多くの効果が期待される。だがこれまでの医療システムの状況を考えると、サービスを提供する事業者としては様々な背景を踏まえてシステムを構築していく必要があるように感じるのだが、CLINICSカルテの開発はどうなのであろうか。

「まず、プロダクトの設計を行い実装に落とし込んでいく中で、医療業務の複雑さを理解するのは苦労しました。トライアルで使ってみてもらうと、想定とは違った流れで使われたり、思ってもみないイレギュラー対応が出て来たりということもしばしばでした。しかし、Rubyを採用していたので対応はとてもやり易かったです。設計に依存する部分はもちろん大きいのですが、影響を局所化しやすく他の言語よりもコード量が少なくて済むので、医療現場で得られたフィードバックの改善を、スピード感を落とさず進められました。」(田中氏)

これまで業務単位で存在していたシステムを複数束ねて、1つのサービスに集約するのが大変であることは想像に難くない。しかし、それを設計から運用改善までをスピード感を持って進められるのは、Rubyの強みである高い生産性があるからであろう。

「CLINICSカルテは、院内のシステム統合だけでなく、医療機関同士の情報共有のプラットフォームになることも目指しています。ですが、現状の医療システムは、外部連携を見据えて標準的なデータ形式を示しているものの、それが数種類あったりと、まだ課題も少なくありません。標準化などを後押しするようなプロダクト開発だけでなく、空気作りも支援していきたいと考えています。」(田中氏)

標準化を見据えているという言葉どおり、メドレーは医療システムのオープン化に向けた活動を行なっている。
同社は日医標準レセプトソフト、通称「ORCA」へ容易に接続できるAPIライブラリをRubyで開発しオープンソースで公開している。ORCAとはレセプトと呼ばれる診療報酬請求業務を行うシステムで、従来のレセプトは医療システムの中でも医療機関内で閉じて使用されることが多いシステムの1つだ。
他にも、ブロックチェーンを活用した電子処方箋の管理方式について特許を出願するなど、自社で培った知見を業界全体に共有する取り組みを進めている。

「医療の発展というものを考えるとオープン化というキーワードを大切にしています。他の業界だとオープン化はあたりまえですが医療ではまだまだなので、ORCAをOSSでオープン化したのはそういった活動の1つです。競合他社という考え方もありますが、医療を良くしていく仲間でもあるはずです。複雑な業界だからこそ、それを支える技術をもっとオープンにし、より良い仕組みを素早く作れる世界を実現したいという会社のメッセージを込めて、取り組んでいます。」(田中氏)

これからの医療システム

急速に進展する情報化社会の中、これまで慎重に歩みを進めていた医療ITだが、新しい健康・医療・介護システムの構築に向けて動きだしている。

平成29年6月、政府は「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革」を閣議決定した。
IoT、ビッグデータ、人工知能(AI)などをあらゆる産業や社会生活に取り入れ、さまざまな社会問題の解決を実現することを目指す。そこには、団塊の世代が全て75歳以上となる2025年に向けた、新しい健康・医療・介護システムの構築が含まれている。これは、医療や介護等の現場のネットワーク化を進めると共に、個人のライフステージや生活状況に合わせた医療・健康データの活用ができるよう、各種データを個人に紐づいた形で連結できるようにする仕組みだ。これによって、私たちは自らの生涯にわたる医療等の情報を経年的に把握でき、最適な健康管理・診療・ケアを受けられるようになる。

そのためには各種データが連結できるべく、手続きも含めた標準化の促進など、解決すべき課題も少なくない。 メドレーのように技術や知見をオープンにする活動は、医療を含めたより良い社会環境を目指す上で非常に重要な取り組みになってくるであろう。

※本事例に記載の内容は取材日時点(2018年7月)のものであり、現在変更されている可能性があります。