株式会社ジョリーグッド

VRですべての人の学びをより良くしたい

今回は、株式会社ジョリーグッドの提供しているVRを活用したサービスについて、Ruby bizグランプリ2020でVertical Solution賞を受賞したemou(エモウ)を中心に、プリンシパルエンジニアの浅川和久氏にお話を伺った。

ジョリーグッドは、VRの企画から制作まで行っている会社である。
主に医療、福祉の分野で、クライアントと共に、VRを使った教育や研修のソリューションを開発・提供している。
主な事業としては、発達障害支援施設向けソーシャルスキルトレーニングVRであるemouや、医療のトレーニングとしての臨床実習の教育コンテンツなどがある。

ジョリーグッドは代表がテレビ局出身ということもあり、映像関係に強い。
そこで、テレビ局向けにVRの利活用をレクチャーする「GuruVR Media Pro」というサービスの提供、VRコンテンツの制作を事業として行っていた。
当初、VRコンテンツとしては、VRを使った旅行体験や、ジェットコースターに乗ったり、アイドルのステージに一緒に立っているような体験ができるようなエンタメ系を提供していたが、これらは、一度見るとコンテンツとして消費してしまうという特性がある。
VRをビジネスとして展開するには「同じコンテンツを何度も見る」ものが好ましいと考え、トレーニングや研修サービスを提供することにしたそうだ。
その中でソーシャルスキルトレーニングを行うemouや、医療のトレーニングとして臨床実習の教育コンテンツ、うつ病などの精神疾患のデジタル治療としてのVRDTx(治療VR)サービスにシフトしている。

emouと医療のトレーニングは、ビジネス的には異なるサービスであるが、エンジニアから見るとどちらも同じシステムなのだそうだ。
どちらも、「VRゴーグルを使用した、動画を見て学ぶコンテンツ」という共通点があり、システムの基本は同じである。
よくある例で例えるなら、ECサイトにいろんな店が出展しているがすべて同じシステムを利用しているようなイメージといえば伝わるだろうか。

独自開発したCMSを利用して、複数のサービスを運用しており、そのうちのひとつがemouである。
emouは、すでに150施設以上の放課後等デイサービスや就労移行支援施設、クリニックなどに導入されており、日常生活のさまざまな場面でのソーシャルスキルを学べるコンテンツは100を越える。
また医療教育事業では、省庁の主催する事業での数多くの採択をはじめ、大学や専門学校、医療機器メーカーなどと幅広い事業展開を行う。
VRを活用した教育で「人の成長を加速する」事業を行なっている。

ソーシャルスキルトレーニングVR emou

emouはVRを効果的に使用したソーシャルスキルトレーニングである。
対人コミュニケーションが難しい、発達障害や精神障害を抱えた方が、コミュニケーションスキルを学ぶためのサービスだ。
Ruby bizグランプリの他にも、経済産業省が主催する、次世代のヘルスケア産業の担い手を発掘・育成するため、新たなビジネス創造にチャレンジする企業を表彰するビジネスコンテスト「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(JHeC)2020」にて優秀賞を受賞している。

コンテンツは精神科医など専門家が開発している。
教材で扱われている色々な場面をプロの俳優が演じることにより、リアルさを追求し、違和感なく場面に没入することができ、VRで体験することにより、まるで教室や職場などでその場面を体験しているような現実に近い形で体験学習ができる。

従来のソーシャルスキルトレーニングでは、支援スタッフが口頭で課題の状況説明をして、慣れ親しんだ支援スタッフを相手にコミュニケーションの練習をしていた。
例えば、先生が「面接の練習をしましょう、私が面接官です。」と説明し面接官の役をする。
色々な工夫をしているとはいえ、想像することや客観的な視点で場面を捉えることが苦手な特徴のある受講者は「支援スタッフが面接官である」という置き換えは難しい。
特に相手の気持ちなどを想像するのが苦手な人に対してのトレーニングなのだが、言葉で伝えて場面を想像してもらうという難しさを抱えていた。
それに対して、VR教材の場合では、仮想空間に知らない場所が面接会場として映し出され、支援スタッフではない面接官が登場する。
利用者からは、「それほど恐怖心も持たず、顔見知りの支援スタッフでもないため、ほどよい緊張感の中で現実に近い状態で練習ができるのが良い」との声をいただいているそうだ。

これまでは支援スタッフの説明スキルや、受講者の想像力に依存せざるを得なかった。
emouの場合、VRゴーグルを装着するだけでその場面にワープすることができ、スタッフのスキルなどに依存せず、支援の質を均一化できる強みがある。

医療教育コンテンツ

emou以外にも、医療の教育・研修コンテンツも提供している。
日本医科大学や順天堂大学などをはじめとした大学や専門学校、またジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社メディカルカンパニーや東レ株式会社などの医療機器メーカーなどと一緒に、感染症や救命救急などの臨床実習コンテンツを制作したり、帝人ファーマ株式会社などの製薬メーカーと取り組んでいるうつ病などの精神疾患のデジタル治療などがある。

VRを活用したトレーニング

一般的に、研修やトレーニングというと、1人の講師が同時に複数の受講者に教えることが多い。
このジョリーグッドの提供するVRを使用したトレーニングも1人の講師(タブレット)が複数の受講者(VRゴーグル)を対象にしたトレーニングをすることができる。

個人でVRゴーグルだけでコンテンツを見ることもできる「シングルモード」もあるが、
「多接続リモートVR臨床システム」を搭載しており、講師用タブレットで複数のVRゴーグルを一斉操作ができるセミナーに適したモードもある。
このタブレットでは、複数のVRゴーグルに対して同時にコンテンツの再生をしたり、受講者の視点など、受講状況をモニタリングする機能がある。
また講師はタブレットからVR映像に図や文字を描くことができ、描画したものは受講者の視聴しているVR映像内にリアルタイムに表示される。この機能によって、VRゴーグルを装着した受講者に対してVR映像内で症例のポイントを指し示しながら解説することができる。

emouの場合、受講者が使用するVRゴーグルと指導者が操作に使用するタブレット、受講者や保護者が受講内容を確認できるWebページ「マイページ」がある。
この「1台のタブレットと複数のVRゴーグルを接続したトレーニング授業」は専用のCMSを使ってイベント作成される。
このCMSはRuby on Rails(以下Rails)を使って独自に開発している。
イベント作成操作は、どんな方でもできるよう簡単でわかりやすくしているのだそうだ。
このシステムを使ってイベントの作成をする人は、各施設やイベントによって様々であり、必ずしもITに詳しい人ばかりではない。
例えば放課後等デイサービスはIT化されていないところも多いが、emouは多くの施設で使いこなしていただけているそうだ。

このシステムでは、受講者の視点情報をサーバーに送信している。
それによって、トレーニングの最中に受講者がどこを見ているのかが確認でき、話している人の顔を見るのが苦手といった受講者がいれば、トレーニングの際にちゃんとVR内で出てきた登場人物の顔を見ているかどうか確認することが出来る。
また、トレーニング終了後には受講中の視点ログや選んだ選択肢などのログ情報をより詳細に「マイページ」で振り返ることができる。

マイページ

マイページは、受講者や保護者用のアカウントと指導者用のアカウントがあり、PCやスマホから受講記録を閲覧することができる。
使う人は必ずしもIT技術に詳しいとは限らないため、日常的にPCやデジタル機器を使いこなしていない人でも使いやすいように設計している。

受講者用では、自宅に帰ってからも保護者と一緒に受講したトレーニング中の視点ログや選んだ選択肢を確認することができ、これを見ながら、「ここではしゃべっている人のことをちゃんと見れているね、ここはこうした方が良かったね」などど、一緒に振り返ったりすることも可能だ。

マイページは、受講状況を詳細に自動的に記録することができる。
また、emouのコンテンツの中には採点するものもあり、その結果を閲覧することもできる。
指導者が受講者の記録を作成する場合と比べ、指導者側の負担が減り、さらに詳細に記録を残すことができる。
自動的に記録される受講状況の他、指導者がコメントを記載することもできる。
成長の過程をログとして残せるようになっており、支援施設だけでなく、学校の先生と情報をシェアすることも可能だ。
転校した場合はもちろん、進級、進学で担任が変わった場合にも、マイページで情報を共有することにより、成長の過程を詳しく知ってもらうことができ、継続した教育がしやすくなるとのことだ。

Rubyについて

ジョリーグッドでのRubyの活用状況について伺ってみた。
RubyでできることはRubyでするようにしているのだそうだ。
サーバーサイドはRailsで作成している。
ゴーグルやタブレットのアプリは別のチームが違う言語で作成しているが、ゴーグルやタブレットと通信するAPIもRailsで作成している。

運用にはAWSを使用しているが、AWS LambdaでもRubyを使っているそうだ。

Railsを選んだ理由を伺ってみたところ以下のように答えてくれた。
「今でもそうですが、当時、Railsで書かれたサービスが世の中にたくさんあって、ドキュメントや便利なライブラリがあってすぐ作れるというところです。
最初は1人で作成していたので、自分が得意だったこともありますが、将来エンジニアを増員するとなった時の採用のしやすさも考慮してRailsを選びました。
ドキュメントやライブラリがいっぱいあって組み合わせればすぐできるというところで、今もRailsを使っています。」(浅川氏)

GitLab

ソースコードの管理にはGitLabを使用しているそうだ。
サービス立ち上げ当初、無料でプライベートリポジトリを作成できたのがきっかけで、CMSだけでなく、ゴーグルやタブレットのアプリも全てGitLab上で管理している。

公開されているgemを活用

また、Railsは欲しい機能が既にgemとして公開されていることが多く、これらをうまく活用しているのだそうだ。
「Railsのエラー監視・検知にSentryを使っています。同時にエラーの内容をSlackに通知しています。
これもSentry公式のgemとSlack通知のgemを使って開発工数を削減しています。
仕組みはわかっていて、実装しようと思えばできるけど、既にgemとして公開されているものがあれば、それを使うようにしています。」(浅川氏)
Railsの場合、こんなgemがあったらいいなと思って探すとたいてい公開されていて、開発に役立っているのだそうだ。

採用事例の少ない言語やフレームワークの場合、情報を探すのが難しかったり、メンテナンスされていなかったりして苦労することもあるが、Railsの場合は、何か問題があっても検索すればたいてい解決方法が見つかるので助かっているのだそうだ。
この問題解決には、他社のエンジニアブログの情報が参考になることも多いという。

自作CMSを活用したサービスの展開

ジョリーグッドのVRサービスは、すべて自社で作成したCMS上で作成している。
また、「操作端末と複数のVRゴーグルを使ったサービス」という共通点を持つものを対象にしている。
そのため、新しいサービスの場合も一から作るのではなく、既存のCMS上でスピーディーに作成することができているのだそうだ。
また、新しいサービスの作成に伴いCMSをアップデートすると、他のサービスも改良されるという利点もある。

新しいサービスのためにCMSを変更すると、稼働中の他のサービスにも影響する。メリットもあるが、障害の元になったりも考えられる。
そこで、何か困った事例を聞きたかったのだが、今のところは特に問題もなく開発できているそうだ。
「どの企業でも同じだと思いますが、テストする箇所を多めに書くとか、テストコードではできないところは自動化してチェックするなど、テストには気をつけています。」(浅川氏)

今後について

今後取り組んでいきたいことについて、Rubyに関することとVRサービスについての2つの側面からお話しいただいた。

「バックエンドではRailsを使っていますが、ゴーグルやタブレットのアプリはUnityを使って開発しています。
UnityアプリのチームにはRailsを知らない人がいたり、その逆もあります。
まずは社内の勉強会で、便利な機能を紹介するなどしてRubyを広めていきたいと思います。
そして、他社さんやRubyコミュニティのイベントでの事例紹介や、ゆくゆくは内製したgemの公開をしたりなどもできればよいと考えています。」(浅川氏)

「当社のVRサービスは、医療の領域で一貫して『VRによるトレーニング』を医療従事者向け、障害者や精神疾患患者向けに提供しています。
『いつでもどこでも何度でも体験できるVR』で、医療技術や社会でのコミュニケーション、心の苦手意識をトレーニングして上達、克服することができます。
それにより、昨日までできなかったことができるようになる=『成長実感』を得る頻度が日々の中で格段に増えていくサービスを提供していきます。
成長実感は人に希望と活力を与え、成長することで人は強く豊かになれます。
終わらない感染症時代の中でも、VRで成長体験を増やし、SDG’sが掲げる『誰ひとり取り残さない世の中』の実現にも大きく貢献できると考えています。」(浅川氏)

※本事例に記載の内容は取材日時点(2021年7月)のものであり、現在変更されている可能性があります。