株式会社ヤマップ

人と山をつなぐ、登山地図GPSアプリYAMAP

Ruby bizグランプリ2021で大賞を受賞したYAMAPは、2013年3月にリリースされた株式会社ヤマップのサービスである。
オフラインでも使えるGPSを利用した登山地図、登山者同士が交流できるコミュニティ機能をアプリケーションとして提供している。
株式会社ヤマップ Developmentグループ サブマネージャー 杉之原大資氏にお話を伺った。
(以下、会社名をヤマップ、サービス名をYAMAPとする)

YAMAPを作るきっかけとして、次のような出来事があった。
代表取締役の春山慶彦氏が登山に出掛け、山中でスマホのグーグルマップを開いた。
そこは電波が通じない場所だったため、真っ白な画面が表示されたのみだったが、GPSの位置情報(青い点)だけは電波の状況に関係なく正しく表示されていた。
当時、登山用のGPS機器は高価で、誰もが気軽に買えるものではなかった。
誰もが持っているスマホがこのGPS機器の代わりになれば、多くの人がもっと気軽にGPSを使ってより安全な登山ができると考え、このサービスを作ろうと思い立った。

YAMAPは、電波の届かない山の中でも現在地と行き先がわかる登山ツールとしての機能と、同じ趣味を持つ者同士で交流できるSNSとしての機能、大きく2つの役割を持っている。
SNS機能としては、ユーザーが登山で歩いた軌跡を保存した活動日記を作成したり、瞬間(モーメント)を共有できる、つぶやきの機能もある。
活動日記には、文章やコメントに加え、登山中に撮った写真もアップロードでき、YAMAPのサイトに投稿すると閲覧したユーザーとの間に交流が生まれる。

ヤマップではこの他、登山保険事業、登山に必要な山道具やグッズを販売するEC事業、登山情報を発信するメディア事業等、多角的にビジネスを展開している。

本記事ではYAMAPのサービスのうち、YAMAPの登山ツールとしての役割から「みまもり機能」、コミュニティのあり方としての観点から「DOMO(ドーモ)」について紹介する。

登山者の安心安全、遭難救助に役立つ「みまもり機能」

みまもり機能では、リアルタイムに近い形で登山者の位置情報を確認することができる。
この機能について特許も取得済みだ。

YAMAPユーザーどうしが山ですれ違った際、お互いの位置情報を交換し、電波の届かない場所の位置情報を共有できる「みまもり機能」の基本技術において、特許を取得しました。
 
特許番号 :特願2020-110196
発明の名称: みまもりシステム、みまもり方法及びプログラム
特許出願人:株式会社ヤマップ
起案日 :2021年8月19日
この特許取得は「みまもり機能」の信頼性向上と、他者が類似技術の特許取得をすることにより技術が独占されることの回避を目的としています。類似の効果をもつ技術採用の台頭を阻害する意図はありません。
([山で “すれ違った誰か” が、登山者の命を救う。進化した「みまもり機能」と特許取得のお知らせ / ヤマップ](https://corporate.yamap.co.jp/news/archive/2021-11-16/)より引用)

みまもり機能では、登山者の現在位置情報をサーバーに定期的に送信していると同時に、すれ違ったユーザー同士でも情報を交換しているが、これは電波の届きにくい山の中でできるだけ現在位置をサーバーに送信するための工夫である。
もし万が一、電波の通じない所で身動きが取れなくなったとしても、すれ違った登山者が電波の届く場所に到達すれば、一緒にサーバーに送信してくれるという利点がある。
つまり、ユーザーが増えれば増えるほど、電波状況の悪い山の中でも、よりリアルタイムにサーバーに位置情報を送信できる確率が高まり、登山者の安心安全につながるのだという。
また、「これまでにすれ違った登山者の位置情報」をまとめて交換できるアップデートも図られている。

もっとも、位置情報が送られるのは登山中のみで、知らない間に位置情報を送っていたという心配はない。

さらに、みまもり機能の使用中、サーバーからはあらかじめ登録されているメールアドレスやLINEに、登山者から受け取った位置情報が送られる。
ユーザーは一緒に登山をしていない家族や友人等を受信者に指定できる。
万が一遭難した場合、受信者は最新の位置情報を確認できるため、救助活動を迅速にすることができる。
位置情報は捜索隊が捜索する場所を決める手がかりとなり、効率よい捜索にも繋がる。

「誰しも『自分は大丈夫、遭難なんかしない』と思ってしまう部分があります。
でも、やっぱり計画どおりにいくとは限らないし、帰りを待つ家族は状況を知らず、もっと不安かもしれません。
自分の安心はもちろん、周囲の人にも安心してもらう。そのために、ぜひ活用してもらいたいです。
ご自身が登山をしなくても、周りに登山をする方がいれば、みまもり機能の利用を勧めていただけると有り難く思います。
みまもり機能は利用者が増えれば増えるほど安心・安全に繋がる機能です。」(杉之原氏)

過去に登山経験のある山で遭難してしまったがYAMAPの位置情報が手がかりとなり無事救出された事例を、山岳遭難事情に詳しい方の解説を交えてYAMAPのnoteで紹介しているので、こちらもぜひ参考にしていただきたい。
[みまもり機能が、登山者の命を繋ぎました](https://note.yamap.com/n/n300242c890fa)
[「山は生き物」 初めて遭難にあった登山のベテラン夫婦が伝えたいこと](https://note.yamap.com/n/n2bfbb2efa83a)

循環型コミュニティポイントDOMO

ヤマップでは、コミュニティ内で頻繁に使用されていた「いいね」をDOMO(ドーモ)に進化させた。
名前の由来は、感謝や挨拶の場面で使われる「どうも」からきている。
ユーザー間で「いいね」を贈り合うことは、情緒的な価値を生み出しているものの、それでしかないことを問題意識として持っていた。
価値化させることを考えた結果、登山者と山の環境整備とを恒常的に繋ぐという前例のない取り組みに挑戦することになった。
ヤマップの企業理念「人と山をつなぐ、山の遊びを未来につなぐ」を実践・体現する取り組みでもある。

例えば「山に行った・活動日記を公開した・みまもり機能をONにした」など、他のユーザーやコミュニティに貢献する行動をすると、ヤマップからDOMOがもらえる。
もらったDOMOは「活動日記が参考になった、ありがとう」「素敵な山登りをしているので応援します」などの共感・応援・感謝の気持ちと一緒に、他のユーザーに贈ることができる他、山の保全活動の支援にも使える。

DOMOの特徴は、自分のためでなく人のために使う利他的なポイントであること、そして、貯めるのではなく贈ることや支援することに重きを置き、使用期限を3ヶ月と短めに設定していることだ。

「いいね」の場合は「いいね」するかしないかの2択に対して、DOMOにはDOMOという単位があり、感謝の度合いをポイントの数で表現することができる。
「いいね」はもらって終わりだが、DOMOは更に他のユーザーに贈ることもできる。
ユーザー間で贈り合い、「山へ行くことと山を再生することが繋がると、山はどんどん豊かになる。」というところから、循環型コミュニティポイントとも呼ばれている。

2021年7月に開始し、現時点で約14万人のユーザーが支援に参加、約2,400万円の支援が確定している。
[4億DOMOの支援をありがとう|数字と絵で見る「DOMO」のこれまでとこれから](https://yamap.com/magazine/32771)

人と人との繋がりを育てる

このように、人と人の助け合いがサービスを育てることに繋がっているヤマップでは、人との繋がりを大切に育てていくことを重視している。

ユーザーとの関係を大切に

ヤマップにはユーザーとのコミュニケーションを専門とする、カスタマーコミュニケーション部門がある。
カスタマーコミュニケーション部門では、ヤマップ主催のイベントを開催したり、他のイベントや山岳会などでYAMAPアプリの使い方講習会を実施するなど、ユーザーと交流する機会を積極的に設けている。
YAMAPユーザーは年齢層が幅広く、PCやスマホに不慣れなユーザーも多いため、各ユーザーのスキルに合わせた柔軟な対応を心がけている。
「ヤマップではユーザーを一緒にプロダクトをつくる仲間だと思って運営しています。」(杉之原氏)
カスタマーコミュニケーション部門を通じてユーザーから得た意見は、社内で共有されプロダクトの改善にも大いに役立てている。

このユーザーに対する思いは、DOMOの導入時にも現れている。
DOMOの説明会を開き、QAでは代表自らユーザーの問いに丁寧に答えた。
この説明会の内容については、[YAMAP MAGAZINE](https://yamap.com/magazine/29823)にも掲載されているが、当日の様子はYouTubeでも公開されている。

社内のコミュニケーションも大切に

ユーザーとのコミュニケーションだけでなく、社内のコミュニケーションも大切にする文化が醸成されている。
「ヤマップでは、HRT(謙虚・尊敬・信頼)を重視しており、いかなる時でも全メンバーはHRTの精神でコミュニケーションすることを大事に考えています。」(杉之原氏)

一例として、英語話者の社員とのやりとりについて教えてくれた。
「英語オンリーのメンバーもいて、英語と日本語を混ぜつつコミュニケーションを行っています。
チャットの場合は、うまく伝わらないことがあっても翻訳ツール等工夫次第で困ることはないですが、オンラインミーティングでは、それぞれの語学力が必要になるため、言いたいことをうまく伝えきれない時もあります。
そういう時は、お互いがちゃんと理解できるまで言い方を変えてみたり、分かる人が通訳をしたり、フォローをしながらHRTの精神でコミュニケーションをしています。」(杉之原氏)

社内登山でサービスのドックフーディングとチームワークの強固をはかる

月に一度、業務時間を使って会社の仲間との登山に参加できる、社内登山という制度がある。
自分たちの開発しているアプリを使いながら山に登ってみることも大事だが、一緒に山に登りコミュニケーションをとることが仕事をする上でもとても役立っているようだ。
「一緒に山を登ると、仲良くなるということをとても実感しています。
特に、新入社員がジョインした時にこの制度の良さを感じます。」(杉之原氏)
なぜ山に登ると仲良くなれるのだろうか。
「個人的な感想ではありますが、一緒にスポーツしている感覚じゃないでしょうか。
それに、一緒に登っていると何時間も歩いている間ずっと話をしています。
山頂に着いたら、ちょっと疲れた後に綺麗な景色を見て、みんなでご飯を食べます。
そうすると気分もスッキリしますし、一緒にやり遂げたっていう達成感もあると思います。
そういうところでチームワークが生まれ、仲良くなるんじゃないでしょうか。」(杉之原氏)

社内ラジオで会えない仲間とのコミュニケーション

ヤマップでは、コロナ禍をきっかけにリモートワークを導入した。
御多分に洩れず、ヤマップ社内でもコミュニケーション不足を課題に感じる人も出てきた。
そこである社員の提案をきっかけに始まったのが、社内ラジオである。

詳細については、提案者自らヤマップの公式noteの投稿を参照してほしい。
[リモートでの社内コミュニケーション不足を「ラジオ」で解決? | 「ヤッホー!」から始まるYAMABIKO RADIOはじめました](https://note.yamap.com/n/nd7cc63b52a56)
こちらは昨年7月に3ヶ月実施してみた記事であるが、その後も継続されている。

ここに紹介されている他、最近では同じ趣味を持つ人が集まって座談会を開くなど、内容も拡がっているそうだ。
特別その話題に興味がなかったとしても、リモートワークではなかなか難しい、「同僚がおしゃべりしている声が聞こえてくる」という状況を心地よく感じるという声もあるようだ。
リモートワーク下では、仕事上での繋がりがなく交流が途絶えている、他チーム、他部署などの人の声を聞くことができるというのも大きなメリットのようである。
また、リスナー同士の繋がり感を感じさせる演出など工夫されており、リモートワーク下での社内コミュニケーションに貢献しているようである。

Rubyについて

迅速なバージョンアップ

アップデートは自動化し、GitHubのDependabotを使っている。
これは、依存関係があるgemやライブラリ等がアップデートされるとプルリクエストを発行してくれる。
自分たちのプロジェクト進行に関係なく発生するこれらのタスクの対応のしかたについては、以下のように答えてくれた。
「意欲あるメンバーが自ら対応していっている感じです。
担当しているプロジェクトの空き時間を使ったり、場合によっては、スプリントバッファを設けてそこで対応したりしています。
大きなアップデートの場合は、QAチームがテストを実施しリリースしています。
この方法が今は上手く機能していると感じています。」(杉之原氏)

RGeoを活用

YAMAPで使われているgemで役立っているものについては、RGeoというgemをあげてくれた。
「YAMAPはサービスの性質上、地理情報を扱います。
このgemを使うと、地理情報をRubyで簡単に処理することができるため、地図の描画に役立っています。」(杉之原氏)

Rubyへの移行も効率よく実現

みまもり機能は当初Node.jsで書かれていたが、機能拡張していく際に、Node.jsだと書きにくいこともあった。
社内のメイン言語がRubyということもあり、Rubyによる開発の方が効率よくメンテナンスできる、メンバーもRubyの方がレビューしやすい等の理由から、Rubyで作り直した。
実際、Node.jsで作ったときよりも圧倒的に少ない工数で移行が終わった。
その主な理由として、Rubyはメソッドが充実しているため、Node.jsの場合は自前でコードを書かなければいけなかった部分もRubyではメソッドを呼ぶだけで実装することができたことがある。

Rubyコミュニティへも貢献できるように

社内で多く使われているRuby、今後のRubyとの関わり方への思いを以下のようにまとめてくれた。
「ヤマップでは、今までOSSへの貢献をあまりできていませんでした。
今後はヤマップで培った技術を持って OSS を公開したり、Rubyコミュニティに還元、貢献できたらいいなと考えています。」(杉之原氏)

※本事例に記載の内容は取材日時点(2022年1月)のものであり、現在変更されている可能性があります。