ウィルポート株式会社

地域物流マネジメントシステムを開発 「物流2024年問題」に立ち向かう

「Ruby biz グランプリ 2023」で特別賞を受賞したウィルポート株式会社の「オープン型ラストワンマイル配送プラットフォーム Polaris Navi」について、同社のシステムエンジニアである秋山 亮介氏にお話を伺った。

〈 ウィルポート株式会社 秋山 亮介氏 〉

「物流2024年問題」にいち早く挑み、2015年から地域物流マネジメントシステムを開発

EC・宅配業界では「物流2024年問題」が早急に解決すべき課題として注目されている。法改正により、2024年4月1日以降はトラックドライバーの時間外労働が制限されるのだ。日々、配送業者に多くの荷物を委託しているEC・宅配事業者は、配送費の高騰、配送にかかるリードタイムの伸びなど大きな影響を受けることになる。そして、ドライバー側にとって、稼働時間短縮による収入減、その結果としての業界離れ、さらなる人手不足加速といった懸念も想定されている。

このような「物流問題」にいち早く焦点を当て、約10年前からITの力で解決に向けて挑んできたのがウィルポート株式会社だ。ウィルポートは2015年から地域物流マネジメントシステムの開発を始め、小商圏にフォーカスしてビジネスを展開している。

同社が開発・提供する「オープン型ラストワンマイル配送プラットフォーム Polaris Navi」は顧客管理、伝票発行システム、IoT宅配ボックス、ドライバーサポートシステム、ドライバーカルテといった複数の機能を内包したシステムだ。

ウィルポートのソリューション | ラストワンマイルDXスペシャルサイト

システム開発を通じて実現したかったことについて、秋山氏は次のように説明する。

「『Polaris Navi』で目指すところは、配送業務の効率化と、DX化です。

ドライバーはスマホアプリから荷物の配送ステータスを更新でき、進捗をリアルタイムで受取人や荷主と共有できます。

そして、小商圏共同配送の実現です。他社の配送管理システムでは、荷受けの時点でドライバーと荷物を1対1で紐付けるものが多いのですが、『Polaris Navi』では複数の荷主が乗り入れる『配送エリア』内に複数名居るドライバーの誰かが配送できるようにすることで、小商圏におけるドライバーシェアを実現しました。荷主にとっては、特定の地域内でドライバーをシェアすることで配送コストの削減を図ることができます。

また、従来製品よりも安価でメンテナンスが容易なIoT宅配ボックスの開発にも取り組み、さらなる配送効率の向上を図っています。ドライバーのスキルや経験を示す『ドライバーカルテ』の開発や、荷主と配送パートナーとのマッチング機能の強化も推進中です」

ドライバーたちを支援することが重要な使命

同社が「小商圏」に着目してサービス開発をしてきた理由について、秋山氏に尋ねると次のような答えが返ってきた。

「現在の物流業界では、宅配業者の間で、仕事が下請けに流れることが一般的です。一次請け、二次請け、三次請け……と続くプロセスを経て、最終的な運送を担う人々には適正報酬が支払われていない問題があります。

そこで私たちは、『お届けサービス』という新しいビジネスモデルを考えました。スーパー店頭で買い物した商品を、近隣にお住まいのお客様の自宅まで配達するサービスです。

通常の宅配サービスでは、配達1件あたりの報酬が例えば200円など安価で、ひとりのドライバーが十分な収入を得るためには1日に100件以上の配達が必要になるため、ドライバーは疲弊しやすく、長期間続けることが難しい問題があります。

一方、私たちが提案する『お届けサービス』では、1件あたりの報酬を500〜600円と比較的高めに設定でき、1日30件程度の配達でひとりひとりのドライバーが適正な収入を得られます。食材・日用品の買い物が集中するピーク時間帯(昼や夕方)の需要に応えつつ、空いた時間には、EC事業者の個宅宛荷物なども荷受することで、ドライバーは効率的に収入を確保できます。

ウィルポートにとって、ドライバーたちを支援することは重要な使命だと考えています」

東急や三井住友海上と連携、物流DXで効率と品質向上を目指す

「Polaris Navi」は大都市圏を中心に、配送管理の目的などで既に複数の導入実績があるという。配送に関わる多様なデータを一元管理することで、配送のプロセス全体をDXし、全体の効率と品質を向上させている取り組みが見られる。

「たとえば東急株式会社が運営するホーム・コンビニエンスサービス「東急ベル」では、TMS(Transportation Management System、運送管理システム)として機能し、配送管理をサポートしています。ドラッグストアなどから特定の住所宛に届ける荷物の詳細が、ドライバーが持つスマホ端末に表示されます。ドライバーは『Polaris Navi』のアプリを使用して、荷物の集配状況をリアルタイムで更新できます。ドライバーが入力した配送ステータスがTMSに反映され、東急ベル側で配送の進捗状況を可視化できます。『Polaris Navi』導入によって、効率的な配送管理を実現し、配送プロセスの透明性と迅速性が向上しました」

また、少し異なる利用法として損害保険業界とも協業を進めているという。

「三井住友海上では、企業向け自動車保険の有償テレマティクスサービスとして、通信機能付きドライブレコーダーを通じて事故発生時のサポートや安全運転指導・アドバイス等を行う商品を販売しています。 ウィルポートは、三井住友海上と提携することで、ドライブレコーダーによるドライバー毎の運転スコアと『Polaris Navi』のデータ連携を検討しています。三井住友海上が保有する運転スコアと、当社が保有するドライバーの配送データ(1日の配送個数、誤配・遅配率等)や、身なり、挨拶などの主観的な評価を組み合わせることで、各ドライバーの配送品質を評価する仕組みを構築し、配送業務のマッチングに活用する予定です」

Ruby biz グランプリ特別賞を受賞

「Polaris Navi」は、「第9回 Ruby biz グランプリ特別賞」を受賞した。受賞によって、「Polaris Navi」の社会的意義が改めて評価された証ともなったと言えるが、受賞に関してエンジニアとして感じている率直な想いを秋山氏にお聞きした。

「物流業界において、我々の取り組みが社会的意義を持っていると捉えていますが、現在はまだ理想に至っていないとも感じています。

現在、『Polaris Navi』を使用しているドライバー数は1000人にも達していないため、規模を拡大することが直近の目標です。まずは5000人のドライバーにサービスを利用してもらい、将来的には1万人、2万人と増やしていきたいです。

多くのドライバーや配送会社に『Polaris Navi』に参加してもらい、ドライバーの働き方を改善し、顧客により付加価値の高いサービスを提供することを今後の展望としています」

〈 第9回 Ruby biz グランプリ特別賞を受賞 〉

Rubyで開発した3つの理由

Polaris Naviの開発にはRubyが用いられた。秋山氏は開発にあたってRubyを採用した理由について「3つあります」と語る。

「開発を始めた2015年当時、Ruby on Railsは特にクックパッド社などの例などで見られるように人気があり、技術ブログも充実していました。この流行に乗ることで、さまざまな技術情報を得やすく、問題解決の際に役立つと考えました。実際に、gemの使い方やインフラ周り、ジョブの処理方法など、多くのエンジニアが共有した情報に助けられました。

次に、Rubyに対して、プログラミング言語としての大きな魅力を感じました。私自身はプログラミングをN88 BASICから始め、C、C++、C#、JAVA、PHPなどさまざまな言語を経験してきましたが、Rubyには初めてBASICを触った時のようなワクワク感があり、思い描いたことを素直に表現できる表現力の豊かさが魅力だと感じました。たとえばJavaなどでは『おまじない』のようなコードを多く書く必要があり、実際に実現したい機能やロジックがコードの中でごく一部に留まるという問題があります。後でコードを見返したり修正したりする際に非効率であると感じていました。一方で、Rubyはこの点で大きな利点を持っています。余計なコードをあまり書かずに、やりたいことを素直に実現できる点が素晴らしいと思います。これにより、開発者はコーディングにエネルギーを注ぐより、ビジネスの付加価値を高める作業に集中できるメリットがあると感じています。

また、Railsとgemのエコシステムによる高い生産性も強みだと捉えています。Railsとgemを組み合わせることで、開発が素早く進められることもRubyを選んだ大きな理由です。管理画面が多いWebベースの業務システムにおいて、Railsのエコシステムが非常に役立ち、効率良く開発を進めることができました」

Rubyはビジネスの要求に迅速に対応できる

「Rubyを用いることで、システム開発が柔軟かつ効率的に行えるようになり、特に変化が激しい物流業界のニーズに適切に応えることが可能になった」と秋山氏は強調する。

「Ruby on Railsおよびgemのエコシステムを活用することで、リソースが限られている少人数のチームでも開発が可能になり、効率的に進めることができました。

また、Rubyの表現力の高さとRailsの規約に則った開発、そしてしっかりと行うコードレビューにより、読みやすく理解しやすいコードを維持できました。物流現場を支えるシステムは、荷主を含む多くのステークホルダーからさまざまな機能追加や仕様変更の要望があります。Rubyは表現力が高いため、短くて複雑な、トリッキーなコードを書くことも可能ですが、そのような書き方は意図的に避けています。これは、後でコードを修正する際に理解しにくくなるリスクを避けるためです。読みやすく、修正しやすいコードを書くことに重点を置くことで、システムを拡張・改造・改良することが容易になり、ビジネスの要求に迅速に対応できると考えています。

Railsのセキュリティガイドに沿って開発することで、システムのセキュリティも確保しています。Railsのセキュリティガイドやさまざまな事例から得た知識をもとに、コードレビュー時にセキュリティ面で問題がないかをしっかりとチェックし、脆弱性のあるコードが存在しないようにしています」

ITサイドとビジネスサイドのスムーズな意思疎通のコツ

プロダクト開発においては、ITサイドとビジネスサイドの密な連携が不可欠だ。しかし、バックグラウンドの異なる職種間でのコミュニケーションに難しさを感じているエンジニアも多いのではないだろうか?スムーズな意思疎通のコツについて、秋山氏は次のようにアドバイスする。

「私自身は、ウィルポートが創業した当初に広島の現場に2ヶ月間滞在し、実際に配送業務に従事した経験があります。この経験により、トラックの運転や荷物の集荷、配達などを実際に行い、システムを使うドライバーの立場や感情を理解できるようになったと感じています。

このような現場での体験が、使いやすいシステムを作る上での重要なポイントだと考えています。

つまり、エンドユーザーのUXを深く理解することが、開発の成功に不可欠ではないでしょうか。現場でシステムを使う人の視点や意見を理解することが、システム開発の意図や方向性を正確に形にしていくうえで重要だと思っています」

「Polaris Navi」をもっと多くのドライバーに使ってもらいたい

最後に秋山氏は、今後の展望を次のように語ってくれた。

「これまでウィルポートでは、自社の社員や業務委託会社を用いて、現場の配送業務を行いながらシステム開発をしてきました。しかし今後は軸足をプラットフォーム事業に移していき、自社で開発したシステムを他社にも提供して、多くの配送会社に利用してもらうことを目指しています。より広範囲の配送業務効率化に貢献しながら、システム普及と、ユーザー数拡大を図ることが目標です」

※本事例に記載の内容は取材日時点(2024年2月)のものであり、現在変更されている可能性があります。