株式会社mov

日本発のRubyで日本のポテンシャルを最大化させる ― 技術とコミュニティへの愛で築くmov開発部の組織戦略
今回は、2024年度 Ruby biz Grand prix にて「デジタルコミュニケーション賞」を受賞した、株式会社movが運営する店舗向け集客一元化プラットフォーム「口コミコム」について、同社でエンジニアリングマネージャーを務めている南谷 祐貴氏にお話を伺った。

mov の2つの事業領域が生み出すシナジー
南谷氏の話の解像度を上げるためにも、まずはmovの会社・事業の概要について触れたい。
movは「日本のポテンシャルを最大化する」を使命に掲げる、インバウンド領域を専業とする企業である。現在は主に「インバウンド支援事業」と「店舗支援事業」の2つの事業を展開している。
インバウンド支援事業では、2015年の創業と同時に開始した「訪日ラボ」が中核を担う。現在では国内最大級のインバウンドビジネスメディアに成長し、各種ニュースサイトや報道番組、経済誌などでも多く取り上げられる。これらの情報発信を通じて、日々寄せられる企業からの相談に対して、インバウンド専業のコンサルティングサービスの提供を通じて、戦略立案から実行まで一気通貫で支援している。
店舗支援事業の主力は今回受賞した「口コミコム」だ。Googleマップ、グルメサイト、共通ポイントシステムなど、店舗が使うあらゆる集客ツールを一元管理できるプラットフォームである。もともとはインバウンド対策の一環としての「外国人が使う日本で使うマップアプリ、口コミサイト、観光サイトの一元管理プラットフォーム」として始めたサービスではあったが、コロナ禍を経てクライアントの声を反映し、今では国内マーケティングに欠かせない存在へと進化した。
一見別々に見える2つの事業は実は密接に連携しており、この相乗効果がmovの成長戦略の要となっている。
店舗運営を支援する口コミコム
口コミコムは、店舗情報や口コミを一元管理・分析できるSaaS型プラットフォームで、複数店舗を保有している大手企業を中心に、加速度的に導入が進んでいる。
各サイトに掲載される店舗情報を更新したり、口コミをチェックするのは店舗運営にとって重要であるが、複数の口コミサイトをそれぞれ管理するのはかなりの工数を要する。各サイトの情報を一元管理することによって作業を効率化し、店舗支援事業部のミッションでもある「店舗の“できない”をなくす」ために口コミコムがつくられた。
口コミコムでは、海外からの観光客にも対応するために、食べログといった国内のサイト連携はもちろんのこと、外国人観光客もよく利用しているGoogleマップや、中国人観光客がよく利用する中国の口コミサイト「大衆点評」を含む、31のサイトとの連携をしている。
1つの管理画面で各サイトの店舗情報や口コミを確認することができ、コメントに対する返信を記入すると、コメント掲載元のサイトに自動反映される。
加えて、口コミコムには自動翻訳機能もあるため、各国語の口コミが日本語で表示でき、返信内容を提案したり、日本語で書けば英語、韓国語、簡体語など多言語への翻訳が可能である。
さらに、蓄積された口コミデータを戦略的に活用する分析機能も充実している。AIによるポジティブ・ネガティブ分析、顧客満足度に影響するキーワード抽出、競合店舗との比較分析、言語別の口コミ傾向分析など、多角的な視点から店舗の強み・弱みを可視化。時系列での評価推移やデータ分析レポートの自動生成により、データドリブンな店舗運営と戦略立案を支援する。
観光庁の「インバウンドベンチャー」選定、Google for Startups「AIスタートアッププログラム」採択、さらに大衆点評の公式パートナーとして「ベストプラットフォームプロモーションアワード賞」を受賞するなど、国内外から技術力と事業性を高く評価されている。
大規模サービスへ
また、movは日本初となるNTTドコモグループ、KDDIグループ、楽天グループ、ソフトバンクグループ(LINEヤフー)のキャリア系CVC4社から同時出資を受けた。
さらに、シリーズBのファーストクローズで全ての既存株主の追加投資のみで約15億円の資金調達をし、累計調達額は50億円となった。
これらの調達から、movのプロダクト力と将来性への信頼が高く評価されていることがわかる。
現在、口コミコムは急速な拡大フェーズを迎えている。クライアント数の増加に伴うデータ量の急増は、新たな技術的チャレンジをもたらした。大規模なパフォーマンスチューニングや設計の根本的な見直しが必要な今こそ、自ら課題を発見し、積極的に改善案を提案できるエンジニアが求められている。
現在採用にも力を入れており、このようなフェーズに興味がある人にはまさにうってつけの環境だ。
movとRuby ― 日本の技術で日本を良くしたい
movでは、すべてのサービスでRubyが使われている。
口コミコムではバックエンドでRuby on Railsを使用しており、Rubyコミュニティでの知見、繋がりがサービスの向上に貢献できているそうだ。
「インバウンド事業の根底には、弊社代表の渡邊の『日本の良いもの、素晴らしいものを世界に広めたい』という強い想いがあります。まつもとゆきひろ氏が生み出した日本発のプログラミング言語Rubyが世界で活躍し、さらに発展していくことは、まさに私たちの理念と重なるんです。」と南谷氏は語る。
Rubyに関しては、後半で詳しく述べたい。
AI戦国時代を生き抜くための実験精神
Ruby以外にも技術者が関心を持ちそうなトピックとして、社内でのAIの活用について南谷氏が紹介してくれた。
生成AIを使って返信案を自動生成したり、口コミのサマリーを生成する機能など、LLMを活用した機能の開発を積極的に行っているそうだ。
「AI利用についてはどの会社さんも関心のあるところだと思います。現時点では何が生き残るかも分からなくて、AI戦国時代だなと思っています。どれか一つを深掘りするよりもいろんなモデル・サービスを触って試してみる、手を動かしてみるのが大事な時期だと思っています。
movではユーザーに還元する機能だけでなく、社内の便利ツールでも積極的にAIを使えるよう環境整備を進めています。色々なAIを試してみたい人には結構楽しい環境なのではと思っています。」(南谷氏)
キャリアを支えてくれたRubyコミュニティ
南谷氏のRubyエンジニアとしてのキャリアはRubyコミュニティとともに培ってきたそうだ。
「なにか物が作れるようになりたいと思ってIT業界に入ってみたのですが、数年経っても全然やらせてもらえなくて。
このままではまずいなと思ってRubyやRailsを独学していた頃、ちょうど初心者を対象にしたRubyコミュニティ「よちよち.rb」が始まる頃だったので、そこに通い始めました。
そこで鍛えられ、励まされ、開発経験の積める会社に転職を果たし、さらに技術を磨いてきました。」(南谷氏)
movにジョインするにあたり、CTOの大薮氏とも長年のコミュニティ仲間であったそうだ。
「私がちょうど転職活動をしていた時に久しぶりにコミュニティで再会して、近況報告の流れでちょっと転職しようと思ってるんだよねといった話をしたら、じゃあうち来てよみたいな感じで、よくよくmovのことを教えてもらったらとても魅力的なミッションとサービスをやっているなと感じて、あれよあれよと言う間に入社して、そこから今に至っています。私以外のメンバーにもそういう繋がりで入社している人が多いです。」(南谷氏)
コミュニティが紡ぐ信頼関係
自身のスキルアップにコミュニティを積極的に活用してきた南谷氏。
転職のきっかけにもなったRubyコミュニティ、キャリアを考える面でもコミュニティが大きな力になってくれると南谷氏は強調する。
「転職媒体経由での1,2時間の面接では、その人を深く知ることはできないと思っています。
でもコミュニティに通っている方は、まずコミュニティに来るというだけでそれなりの時間とコストをかけて学びに来ているわけで、自分のスキルアップだったり、成長に貪欲な人であることがわかります。
何度も顔を合わせて会話をして仕事やプライベートの話もしたりしながら、ゆっくりと人となりも互いに理解できる。そのコミュニケーションの中で、技術が好きで詳しいだけでなく、日常のお仕事もしっかりこなされていることから、環境が変わっても一定以上のパフォーマンスを出してくれそうな期待が持てます。
特にRubyコミュニティというのは、技術自体が好きでRubyを開発する人たちやGemなどのライブラリを開発している人たちはもちろんのこと、OSSに貢献している人々に一定のリスペクトを持っている、そういった人たちの発表の場であったり、活動に注目している方々の集う場所だと思っています。
そんなコミュニティに来る人たちというのは、Matzの言葉を借りるなら、「Rubyに、ユーザー以上の気持ちがある人」でしょうか。
私自身そういった技術が好きだったり、OSSコミュニティにリスペクトを持っている人たちと一緒に仕事したいと思っています。」(南谷氏)
コミュニティでの出会いは、お互いの価値観や技術への向き合い方を自然に理解し合える貴重な機会だ。時間をかけて築かれた信頼関係は、単なるスキルマッチング以上の深い繋がりを生み出す。人となり、仕事への姿勢、技術との向き合い方―これらが自然に共有される場所だからこそ、本当の意味での「仲間」に出会えるのかもしれない。
技術を愛し、学びを楽しむ。その純粋な想いで集まった場所で生まれる信頼関係が、結果として最良の出会いを生む。コミュニティの本質は、まさにそこにあるのだろう。
Omotesando.rb
南谷氏自身もOmotesando.rbを主催していた経験もあるそうだ。
当初、表参道周辺の企業が集まって開催していた地域コミュニティであったが、コロナ禍を経て、表参道に限らず広く都内で開催されるようになったそうだ。
現在も都内で開催されており、
「東京に来られた際には、ぜひOmotesando.rbにもお越しください。」
とのことである。
イベントのスポンサーを続けるためには
例えばコミュニティで活躍していたエンジニアが社長になった会社であれば、コミュニティのイベントスポンサーをするにあたり上司を説得するハードルは低いが、たとえエンジニア文化に理解があったとしても、実際に開発者コミュニティに身を置いたことのない経営者にスポンサーになる意義を伝えるのはなかなか難しいものである。
「昨年度、movとしてはじめてRubyKaigiのスポンサーとなりました。現状、積極的に採用を行っているフェーズでしたし、会社の認知拡大、上手くいけば採用にも結びつくからと経営陣を説得しました。
実際に成果もありまして、RubyKaigiで弊社を知ってくれた方が応募してくれて面接を経てジョイン。入社から半年待たずに社内のMVP賞を受賞する目覚ましい活躍をしてくれました。これにより、コミュニティにスポンサーすることの意義に対して、かなり説得力が増したと思います。
弊社の場合は、CTOの大薮が元々コミュニティ好きで熱心な参加者ということもあり、一緒にコミュニティを楽しんでいます。経営陣に技術を理解する人が一人でもいることの重要性を実感しています。」(南谷氏)
イベントスポンサーは今後もできる限りやっていきたいとのことである。
直近ではKaigi on RailsにRuby Sponsorとして、11月のRubyWorld ConferenceではGold Sponsorで協賛するそうだ。
コミュニティに理解のある仲間を増やしたい
movでは、CTOの大薮氏の繋がりでジョインした人も多い。Rubyコミュニティが好きな人も決して少ないわけではないが、南谷氏からすると、もっと増えて欲しいと感じているそうである。
「エンジニアというのは単に技術が好きという人もいれば、自分の技術力を使って、事業を成長させたい、組織に貢献したいと思ってる人も多いと思っています。そこからさらにコミュニティが好きだったり、OSSコミッターをリスペクトし身近に感じている人というのは、使っているOSSのバグを見つけたらissueを立てたり、コントリビュートするチャンスと捉えたりと、意識がちょっと違うと感じています。
バグってるとわかった瞬間、直るのを待つか〜と他人事になってしまうところを作者さんに報告しなきゃ、という気持ちでGitHubのissueに登録するとか。こういう改善できないかなみたいな話を社内やコミュニティで話したりして、じゃあそれをコントリビュートしちゃおうぜ、みたいな動きにまで持っていけるというのは、やはり人が作っているものなのだという認識、自分が開発に参加し、自身の手で直せる可能性があるという気持ちが根底にあるからだと思います。
OSSに貢献することは世界を良くすることだとわかっている人、そういう人は自社のプロダクトに留まらず、OSSにも貢献しようという気持ちを当たり前のように持っています。自分自身がそういうエンジニアになるぞ、という気概を持ちつつ、そんな人と一緒に働けたらいいなと思っています。」(南谷氏)
OSSコミュニティに何かしらの形で貢献すること自体のハードルはそれほど高くはないが、OSSのコードに対してコントリビュートするには一定の技術力が必要である。既に活躍している人は言うまでもなく、そこを目指している人も自らの技術力を高めようとしている人であり、何といっても自発的により良くするために手を動かすことができる人というのは、自社サービスの開発でも戦力となり得て、企業にとっても魅力的であろう。
Rubyイベントを通じてOSSにも貢献できるエンジニアを育てたい
「つい先日、弊社のメンバーがOSSにパッチを送ってくれました。そういうことが当たり前のように行われる組織になるといいなと思っていて、メンバーにOSSへの感謝の気持ちが芽生えることを期待して10数名でRubyKaigiに参加しました。
参加したメンバーからは、『日頃使っているライブラリは人間が作っているものなんだと改めて認識した』、『OSSを作っている人たちに感謝しなきゃいけないな』といった感想をもらいました。OSSの開発には自分も参加できるんだという気づきを得るという第一歩を踏み出せたと思っています。
現状は、自分も含め頭では分かってるんですけど手が動くまでに至ってないので、そういうことをどんどんやっていく開発組織になるといいなと思ってます。
とはいえ毎日忙しい日々を過ごしていると、そういう気持ちも薄れてしまうので、どうやってまた燃えさせるかなみたいなところを悩んでいます。自分たちで良くしようぜ、タックを組んで行こうぜ、みたいなところを大事にしていくと、プロダクトも成長しますし、そのプロダクトを支える技術も支えていけるんだということを、ずっと訴えていきたいと思っています。」(南谷氏)
今ではマネジメントする立場となり、仕事でコードを書くことが少なくなってしまい、「夜な夜なRuboCopの違反コードを直したりして、コード書きたい欲を満たしています。」と笑いながら話してくれた南谷氏。
社内からOSSを開発するメンバーが育ち、Rubyエコシステムを支える企業へと成長し、日本の技術力で世界に新たな価値を生み出す―その挑戦は、まだ始まったばかりだ。
※本事例に記載の内容は取材日時点(2025年8月)のものであり、現在変更されている可能性があります。
事例概要
- 会社名
- 株式会社mov
- 開発した主なシステム
- 口コミコム
- 口コミラボ
- 口コミアカデミー
- 訪日ラボ
- 訪日コム
- 利用技術
- Ruby、Ruby on Rails
- Vue.js
- PostgresQL, Elasticsearch, Redis, BigQuery
- Puppeteer, Playwright, TypeScript
- OpenAI, VertexAI
- AWS ECS(Fargate), Terraform, Docker
- CircleCI, Datadog, Sentry, Dependabot
- GitHub, Slack, Figma, Notion
- ニーズおよび解決したかったこと
- 複数媒体への情報発信・管理の手間とミスの多さ
- 口コミ活用に関するナレッジ不足と対応の属人化
- 訪日外国人対応のための多言語化のハードル
- 店舗運営におけるデータ活用の不在
- 店舗本部と現場スタッフ間の情報連携の非効率さ
- Ruby採用理由
- 開発スピードと初期実装コストのバランスに優れていた
- 変化の早い業務要件への柔軟な対応
- 優れたコミュニティとOSSエコシステム
- エンジニア組織内での文化的親和性が高かった
- RubyKaigiをはじめとするカンファレンスとの接点が多く、発信・貢献がしやすい
- Ruby採用効果
- 少人数体制でも機能追加・改善を高速に回せている
- 媒体ごとの連携仕様の複雑さに対しても、柔軟な実装と変更が可能
- 開発メンバーの心理的安全性と学習効率の向上
- スピードだけでなく品質も担保したリリース運用が可能に
- コミュニティとの接点がブランド力や採用力につながっている